2012年4月11日水曜日

河西研 研究テーマ


河西教授からのメッセージ

2012.3. 今年度の進歩として2004年にスパインの増大を発表して以来、ずっと懸案になっていたスパインの収縮を誘発するのに必要な因子が見つかり、収縮の分子基盤や他のシナプスとの相互作用などが刻銘にわかるようになってきたことがあります。結局、細胞遊走のときに使われているダイナミックな細胞運動がある場合には入力特異的に、また別の条件では周囲と競合しながら起きており、樹状突起のダイナミックな運動によりシナプスの選別が起きると考えられます。この過程でわかった化学的な手法を使うと、成熟動物の新皮質のシナプスでも系統的に除去することができることもわかってきました。これまで、光でシナプスを変える方法論を構築してきましたが、化学的な方法もあるということです。言い換えれば、in vivoの成熟大脳皮質で光遺伝学的もしくは化学的にスパインを自在に制御出来つつあり、このような相補的で多軸的戦略がいよいよ可能になってきた現在のタイミングで、個体レベルの行動とシナプス機能の関連を取ることが今年の挑戦と考えております。既に、複数の学習課題の構築を進めており、いよいよ行動のシナプス基盤を目にできる日も近いかと感じています。現在は、スタッフが充実しており、電気・光生理学から生化学、分子生物学、光イメージング、動物学習課題、in vivoイメージングなどを習得する絶好のチャンスとなっています。最も大切なことは、生命科学の神秘に挑戦したいという科学的好奇心です。我々の方向性に興味を持って下さった若手研究者の方は、これまでの専門分野と異なっている、難しそうであるなどの理由で尻込みせず、気軽に声をかけてくださると嬉しいと思います。(2012.3.24)

2011.4. 私の研究室では頭の働きの不思議を明らかにするために、光イメージングと光刺激を組み合わせた研究手法で研究を進めきました。この20年の間、信じられない様な発展がこの分野にはあり、その勢いは加速しています。私の研究室の最近一年の進歩としては、シナプス前部機能や分泌機能を読み出すFRET蛍光プローブができたこと、覚醒動物でのシナプスレベルの観察が可能となったこと、また、シナプスの形態や運動を変える光プローブの改良が顕著に進み個体動物への応用が視野に入って来たことなどがあります。ケイジド試薬や蛍光色素の改良も続けています。これらの新手法は脳や細胞の機能の理解に強力な方法となるでしょう。とはいえ、実験は若い共同研究者達が行っており、私の仕事は共同研究者の力を� ��大限に引き出すようにテーマや環境を整えたり、発表やプロモーションを助けて、一人前の研究者を育成したりすることにあります。最近になり、私の共同研究者3名が国内外の教授に就任したのは本当に嬉しいことでした。また、昨年度は上原記念生命科学財団から上原賞をいただき、新たな一歩を踏み出す区切りとなりました。日本は現在、第二次世界大戦以後最大の困難の中にあります。そこで、終戦後の日本の研究者が不足の中で大変な活躍をしたことが思い出されます。不足の中だからこそ、何が大事か見えたのかもしれないと思います。私も自分や若い人達の好奇心に忠実に重要な問題に挑んでいきたいと思っています。(2011年4月11日)。

2010.7. 覚醒脳の顕微観察に成功しつつあります。これから指示・制御プローブを入れ運動の実態を解明します。また、ベータ細胞で続けている開口放出準備状態のプローブも軸索シナプス前終末で使える見通しとなっており、これが神経回路の解析に威力を発揮する日が来るでしょう。光制御プローブの開発は予想通り広範かつ活発に行われており、その有効利用に神経科学の将来がかかっています。我々にとって一番興味のある自分の個性とは何か、心の病気とは何かという問いの重要な部分は神経細胞運動の個性や異常に起源があるという予想は、豊かな細胞運動を見ていると肌で感じられます。これを如何にうまく科学の俎上に載せるかが腕の見せ所です。研究も個性が一番大事なところです。日本の研究の利点の一つは� �米の悪しきアカデミズムから距離をおけるところにあり、そういう環境の中で、若手の育成を含めて、世界をリードし後世に残る科学の流れを作ることが大事であると思っています。(2010年7月3日)

2009.5. 我々の研究室では、研究費(5年間)の更新に成功した所です。昨年に発表した論文 (Neuron 57:719, Science 319:1683)においては、スパインシナプスの運動(頭部増大)がアクチン重合による力で速く起きること、また、同期発火刺激でも起きること、更に、同期発火刺激の場合には蛋白質合成も動員され、長期記憶としての性格を強めることを明らかにし、認知・記憶とシナプスの運動の関係が強く示唆されました。一方、シナプスの安定性の基盤や、その大きさと年齢・寿命の関係を初めて明らかにし(J. Neurosci. 28:13592)、シナプス形態と記憶・疾患を関連付ける新しい研究の方向性を示しました。これらを受けて、本年から展開する研究においては、シナプス運動と高次脳機能の関係を具体的に可視化する作業を進めていきます。即ち、覚醒脳におけるシナプスの運動性の可視化、薬物作用、光によるシナプスの書き換えと神経活動・動物行動の関係などをin vivoで進めます。これらの現象の基盤となる分子・細胞過程の解明や光技術の開発、また、シナプス運動性の帰結の解明や開口放出可視化手法の改良などをin vitroで進めていく必要もあります。今年は初年度ですが、この目標を5年間で達成できるように強い覚悟で望みたいと思います。この様な覚醒脳活動の物理基盤の解明に若い研究者が意欲的に参加してくれることを強く希望します。(2009年5月25日)

2008.1. 東大に移ってからちょうど2年になりますが、こちらで行って来た仕事の論文の多くが採択され、現在は、次のステップに進む非常に大切な時期を迎えています。出版を待って、個々の仕事の解説記事を用意する予定です。昨年、生理学領域には新しい強力な方法が加わりました。光りで膜電位を制御するchannelrhodopsin類の登場です。我々の研究室でも准教授の松崎君が中心となりこれを用いた仕事を昨年発表しましたが(PNAS 104:8143, 2007)、その威力は神経科学の様相を変えるであろうと考える人が多いです。これまで我々が開発してきた光りでシナプスを刺激する方法と組み合わせると、光りによって神経細胞の活動電位もシナプス可塑性もかなり自在に起こして、その効果を見ることができるようになるはずです。記憶や認知を観察するだけでなく、それらを光りで操作します。新しい方法論の開拓と生物現象の解明が表裏一体となっている実り多い開拓者の時代です。(2008年1月25日)

2007.3. 私は脳機能をシナプスレベルで理解し裏をとることはこれまでほとんど成されておらず、従って重要であると考えています。現在の脳科学は脳の色々な領域の神経細胞の発火と脳の高次機能を対応させるところで行き止まりとなります。たとえば、どうして聴覚野が活動すると音が聞こえるのかは、手がかりがありません。記憶痕跡の様なものも、発火を考えていたのでは理解できません。しかし、神経細胞の活動をシナプスの動きまで含めて考えると、途端に現象が豊になり、新たな説明の可能性がでてきます。たとえば記憶痕跡はシナプスの安定性を考える路線で解かれていくと考えられます。大脳のシナプスが見えていなかった時には、ここに任意の仮定を置いて神経回路が考えられてきました。しかし、大脳� ��ナプスが見えてみると、それが結構激しく動く構造であることがわかり、また、そこには非常に沢山の特徴(拘束条件)が有ることがわかり、それが脳機能に深く影響しているに違いないと思われます。これを明らかにしていくことの自然な延長上に脳の病気や個性の理解もあります。この新しい流れの研究を進めていくために、自ら方法論を開拓しながら研究を進めてゆく意欲的な若手の参加を期待しています。(2007年3月23日)


病気に対する皮膚の機能がどのように

2006.4. 大脳の活動を顕微鏡で直接見る研究は長年の夢でしたが、今、それが可能となりました。生きている脳の姿は、矢張り大変な迫力で、見えてきたものに興奮し、狼狽し、色々な想像を巡らせるのが日課となっています。10年前から始めた2光子励起法ですが、次第に研究の主力となり、気がついてみると2光子顕微鏡や2光子光化学顕微鏡として世界最大の設備を保有するようになりました。これで、もっとすごいものを見てやろう、と研究室の皆が各自考えて研究に取り組んでいます。(2006年4月6日)

2006.3. 私達は平成18年1月に自然科学研究機構生理学研究所から東京大学医学部1号館2階及び教育研究棟2階に移動を完了しました。生理研や東京大学など周囲の方々のご協力のお陰で、既に、ほとんどの実験系が移動前の状態に復旧しており、以下に掲げているプロジェクトを推進しています。生理研はインフラが整いとても研究しやすい所でした。東大では臨床医学、工学部、理学部、薬学部、農学部や企業と方々とより緊密に協力して、一層研究を発展させていきたいと思っております。皆様のご協力ご支援ご指導を賜れば幸いです。(2006年3月7日)

1. 一般の方へ

立花隆氏と東大立花ゼミの方々が平成18年2月14日、引っ越して間もない私たちのラボに取材に訪れました。私たちの研究の手法、方向や雰囲気を一般の方に紹介する短い記事が、彼らの科学情報総合サイト「サイ」に掲載されています。

《サイ 掲載記事から抜粋》

「ニ光子励起顕微鏡(組織の内部に焦点をあてて蛍光物質を発光させることで、組織の内部を見ることができる)という独特の方法を用いて、これまで世界で誰も見たことがなかった脳細胞の内部のダイナミックな変化をとらえています。

フェムト秒レーザー(十兆分の一秒)という極超短時間だけ発光するレーザーをピンポイントに照射することで、生体を傷つけることなく脳細胞内部の微細な変化をとらえています。

それによって、脳の高次機能の最大の秘密が、神経細胞 (ニューロン)のシナプスのスパインと呼ばれる部分にあることを示します。

それによって、大脳に100兆個もあるスパインの一つ一つが個別のメモリとして機能しているということがわかってきました。これは驚きです。人間はみな、脳の中に10テラバイトのメモリを持っているということになります。

くり返し刺激があると、スパインの頭部は大きくなり、神経伝達物質の受容体がふえ、感受性も増大するということがわかってきました。これが記憶の素過程の物質レベル、形態レベルの変化ではないかと考えられ、そうだとすると、脳の最大の謎であった脳の高次機能はいかにして発現するかという秘密がいよいよ解き明かされるところにきているということなのかもしれません。」

2. 活動内容要約

顕微鏡や望遠鏡の開拓により、17世紀に始まる生命や宇宙に関する基本的な発見がなされました。新しい観察手法とデータの定量的考察により、理解が飛躍するのが科学の歴史です。

新しい光「フェムト秒レーザー」を用いた2光子顕微鏡(観察用)や、我々の開発した2光子SIM顕微鏡(観察刺激両用)により、臓器の機能状態を直接観察できるようになり、発見の時代を迎えています。

たとえば、大脳は活動時にシナプスが速く動いて形を変えることを私たちは見出しました。 シナプスと分泌臓器の分泌現象の明確な差も可視化できました。

今後、更に観察を進め、新しい細胞運動の分子機構や個体機能との関係を明らかにします。

また、その運動異常を見出すことにより、未だ原因不明の重要疾患(統合失調症、気分障害、糖尿病)の解明を目指します。

3. 2光子励起法とは

2光子励起とは、二つの光子が同時に分子に吸収され励起を起こす現象です(図a)。2光子励起といってもレーザーを二つ使う訳ではありません。フェムト秒レーザー光では光が非常に短い(約100フェムト秒)パルスに圧縮されており、パルスの期間中は極端に強い光がでています。これをレンズで集光すると、焦点では光の密度が異様に強くなり、通常起きることのない2光子吸収と励起が起きます(図b)。焦点以外では光の密度が十分でないために、2光子吸収は起きずレーザー光は標本を通り抜けます。こうして観察に関係のない光の吸収をなくすことができます。また、2光子励起には近赤外の光を使うために組織のより深部まで見ることができます。こうして、2光子励起顕微鏡法は臓器のやや深部における分子・細胞機構を見る、� ��在最強の方法論となっています。なお、1・2・3・・光子励起というのは物理学の専門用語で、伝統的には算用数字を用います。

言葉を替えると、通常の1光子励起法による観察では、組織や細胞の深部はあまりよく見えていなかったということになります。これが、2光子励起顕微鏡を用いた研究が多くの成果を生む理由です。我々は、2光子励起顕微鏡法を研究しているわけではありません。しかし、これまで見えなかった真の生理現象を直接観察しようとすると2光子励起しかない、という結論にいつも至るのです。2光子励起法の最大の短所は装置の総額が高価となるだけでなく、その維持・運用が難しいことです。しかし、2光子励起法はレーザー技術の進歩に伴い、20世紀の方法論である微小電極やパッチクランプ法と肩を並べ、21世紀の機軸的な方法論に成長すると考えられます。

2光子励起法は応用されてまだ間がなく、その可能性の一部しかまだ使われていません。実際、私たちはこの方法に基づく、二つの新しい実験手法を確立しました。一つは光化学現象に2光子励起を用いることで、細胞を刺激する手法で、2光子光化学顕微鏡と呼ぶべき手法です。この手法は現時点ではケイジドグルタミン酸において著しい成果を上げていますが、今後、様々の光化学現象で組織に刺激や標識が入れられるようになります。もう一つは、組織間隙の微少な形態変化を捉える方法で、TEP画像とTEPIQ法です。この方法によれば、分泌現象に関係する細胞形態のナノメーター計測が可能となります。

今後も、私たちの研究室では2光子励起法を開拓し、分子生物学や工学的方法論と組み合わせることにより、脳や分泌臓器が働く様子のより直接で能動的な観察を進めます。

4. 大脳の運動するシナプス

4.1 樹状突起スパインと脳機能

大脳の代表的細胞である錐体細胞の興奮性シナプスは何故か樹状突起のスパインという棘の上にできます。この様なスパインを持つ細胞は脳でも高次機能に直接関係する細胞で発達しており、無脊椎動物ではほとんど見られません。大脳のスパインは見事に多形であり、その形は脳精神疾患で異常を来します。これらの状況証拠から、スパインは高次脳機能の要素を担っていることが示唆されます。しかし、20世紀の電気生理学の方法論では、この一つ一つのスパインを刺激してその機能を調べることはできませんでした。これは、電流による刺激は広がりやすく、一本の軸索をねらえないということや、電極を脳組織内で自由に動かすわけにはいかないことによります。従って、大きな問題でありながら、スパインという構造の持つ意� ��は、20世紀中にはほとんど解明できなかったのです。

4.2 2光子光化学顕微鏡


澱粉は砂糖による効果がどのよう

我々は、2光子励起法をケイジドグルタミン酸に適用して神経伝達物質グルタミン酸を単一スパインに局所投与する手法を初めて実現しました(Nature Neurosci. 4(2001)1086)。いわば、2光子光化学顕微鏡というべき方法論です。この様な顕微鏡では実効的な空間解像はグルタミン酸受容体の速さに依存しますが、幸い0.6ミクロンくらいの空間解像が達成されました。この手法を急性海馬スライス標本CA1錐体細胞に適用して、スパインのグルタミン酸感受性を系統的に調べました。この結果、グルタミン酸感受性はスパインの頭部が大きいほど強く、頭部のないスパインにはない、という構造機能連関があることを初めて明らかにしました。この時、グルタミン酸受容体はスパインの小さな部分に凝集していましたので、そこはシナプス後部であり、シナプス機能を担うグルタミン酸受容体と考えられました。高い空間解像のために非常に強い結論が導かれたわけです。スパイン形態とグルタミン酸受� �体の発現という別個の事象が相関するのは、両方ともにアクチン繊維が関係しているからであると考えられます。2光子光化学顕微鏡は、いろいろな光化学現象に利用可能で、新たな発見をすべく、その技術を開発するのが我々の大事な仕事となっています。

さて、この大脳のスパインにできるシナプス(スパインシナプス)は代表的な記憶をするシナプスで、反復刺激をすると長期増強という結合強度の増強がおき、この際、グルタミン酸感受性の増大が起きると考えられています。従って、この長期増強は、最終的にはスパインの形態変化を伴うだろうということが予想されます。

4.3 スパインシナプスの運動

この可能性を立証するために、単一のスパインに長期増強が起きるように反復的に2光子励起法でグルタミン酸をかけて形態変化を観察しました。すると、刺激したほとんどすべてのスパインですぐ(数秒以内に)頭部が著しく増大し、半数ほどではそれが1時間以上持続しました。こうして我々はスパイン頭部増大という現象を見出しました。スパイン頭部増大は刺激したスパインに限定しておきます。また、グルタミン酸感受性の増大を伴っていましたので、長期増強の形態基盤であること考えられました。こうして、スパインは個別的に長期増強が書き込み可能で、書き込まれると大きくなり、その状態を保つこと、即ち、スパインがメモリー素子として機能していることが明確に証明され、また、スパインシナプスのメモリーは形� ��的であることがわかりました( Matsuzaki et al. Nature 429(2004)761)。このスパイン頭部増大はアクチン重合の促進によって起き、アクチン繊維の増大に伴って速やかにグルタミン酸受容体が集積すると考えられます。よく誤解されますので付け加えますと、スパイン頭部増大はスパインの体積の増大が本質です。一方、グルタミン酸受容体を持った小胞の細胞膜への融合は体積増大を説明しません。小胞の細胞膜への融合はもしあったとしても頭部増大とは別の現象と考えられます。

ここで、大事なことに気がつきました。 即ち、長期増強や長期頭部増大は小さなスパインではよく起きますが、大きなスパインでは起きないのです( Matsuzaki et al. Nature 429(2004)761)。 我々のこの結論は、スパインの大きさの正確な測定と沢山の実験に基づいており、間違いありません。 また、動物個体において、大きなスパインは長く持つ傾向があることが指摘されています(Trachtenberg et al. Nature 420(2002)788)。従って、大きなスパインは長期記憶の記憶痕跡そのものである可能性があります。この様に、シナプス可塑性の研究において、学習法則に著しい形態依存性が見られたのは初めてのことで、この意味するところは大きいと思われます。我々は、この様な脳シナプスの実際の学習法則、即ち、脳のメモリー素子の特性を、より生理的な条件で定量的に調べる作業を進めています。

スパインは頭部構造だけでなくネック構造も細く長いものから、太く短いものまでまちまちで、20世紀の科学者はむしろスパインのこの点に注目していました。 しかし、単一のスパインが刺激できなかったことにより、実証的な研究はこの点においても進んでいませんでした。 我々はこの問題に2光子光化学顕微鏡を応用することにより、ネック多型の機能的意義を見出しました。 即ち、ネック形態はシナプス可塑性を起こすカルシウムイオンの通りやすさを調節していました( Noguchi et al. Neuron 46(2005)609)。 小さなスパインは、ネックが細い傾向があり、このためにスパインに入ったカルシウムを樹状突起本幹に流し難く、大きなカルシウム濃度上昇をスパインに作り、長期増強成立を助けます。しかも、カルシウム上昇が本幹に広がらないので、単一のスパインに限局した長期増強が出せます。これに対し、大きなスパインは一般に太めのネックを持つ傾向があり、これによりカルシウムが本幹にもれやすく、スパインのカルシウム上昇は小さくなり、長期増強誘発には不利になります。こうして、シナプスの学習法則にも形態基盤があり、スパインのネックはその一つであることがわかりました。

4.4 我々の進む方向

このような研究から、スパインシナプスが脳の記憶素子、メモリー、であると考えることが自然になってきました。これまでは、脳機能を考えるとき神経細胞の発火が機軸に考えられてきました。たとえば、特定の人の顔に反応する細胞が側頭葉にある場合、その神経細胞がその顔を記憶する細胞である、という具合です。しかし、保存されているメモリーの実態が見えてくると、その神経発火の反応選択性がどのようにメモリーから構成されるのかが問題になります。神経細胞や神経回路は沢山のスパインシナプスに書かれている記憶を読み出す読み出し装置と見なすこともできます。神経回路の使われ方によって、読み出されるシナプスが異なり、違う記憶が呼び出されるのでしょう。保存されているメモリーから神経発火が説明され� ��ければ、神経活動を理解したことになりません。このメモリーは驚くなかれ運動して力を出すメモリーでした。そして、この運動するメモリーが人間の脳には100兆個あります。この新しい脳の描像に基づいて、脳をシナプスから理解する研究にはどうすれば到達できるでしょうか。このために、我々は以下の様なプロジェクトを進めています。

1)脳のメモリー素子であるスパインシナプスの特性をよりよく解明します。即ち、形態的学習法則の分子基盤を明らかにします。形態的であるのはアクチン分子の調節が主役であることを意味します。更に、蛋白合成が関与すること、力を出して周囲の組織と作用すること、また、カルシウムシグナルが誘因となることについて、理解を進める必要があります。


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2)スパインの学習法則(=運動法則)の大脳皮質各部位での相違を解明します。これにより、大脳皮質の機能局在のシナプスレベルの基盤を明らかにします。 3)動物個体を用いて脳の活動時にスパインシナプスがどのように使われているかを可視化します。 4)2光子光化学顕微鏡を用いて動物個体においてスパインシナプスに光による書き込みを行い、シナプスの運動法則をより自然に近い状態で明らかにする一方、書き込みの結果を、細胞レベル、最終的には個体レベルで明らかにします。 5)精神疾患モデル動物のスパイン形態・運動を系統的に調べます。

5 生理的分泌現象(開口放出)の可視化

分泌現象は伝達物質、ホルモン、酵素などを蓄えた細胞内の小胞が細胞膜に融合する、開口放出という現象により起きます。神経細胞シナプスにおける伝達物質放出は格好の例で、多くの生体制御の調節性開口放出を介して起きています。開口放出に関係する基本的分子群(SNAREタンパク質、synaptotagmin, small G-proteins)がわかってきた1990年代には、分泌現象も分子的にわかる日が近いと感じられました。これらの蛋白群は分泌細胞や神経で共通しており、最終的には分泌現象は統一的な理解がなされると信じられます。しかしながら、2006年現在、関係するそれぞれの分子の役割や、調節の実態について期待されたほどはっきりしたことはわかっていません。その理由は、イオンチャネルの研究と異なり、開口放出が単一分子の現象に帰着しないところにあります。実際、単一の開口放出現象は多数のタンパク質のみならず膜脂質を巻き込んでおり、更には細胞の形態変化を伴っています。開口放出は融合細孔の形成により始まりますが、この細孔直径は1-2 nmであり、光学的に単純に融合細孔を観察することはできません。おまけに分泌小胞は機能が違い大きさの異なる二系統(シナプス様小胞と大型有芯小胞)が混在しているのも事態をややこしくしています。開口放出は基本的に形態的な現象ですので、細胞全体の様々の形態因子も間接的に開口放出に影響します。

そこで、私たちは、この現象をよりよく観察することが第一と考え、2光子励起法の運用を試みてきました。比較的調査が容易と考えられる分泌細胞から調査を始めました。その際、医学的生物学的に重要な分泌細胞を比較する路線を取りました。その結果、分泌細胞で起きていることは、シナプスで想定されている事と、大幅に異なることがわかってきました。また、逐次開口放出のようなダイナミックな分泌現象が多くの細胞で利用されていることもわかってきました。およそ、教科書的な分泌をしている細胞はありませんでした。また、小胞や融合細孔のナノ測定ができるようになってきました。そこで、この方法を更に発展拡張して、分泌の仕組みを解いたり、メモリーの一部であるシナプス前終末も観察可能にしたり、糖尿病な� ��の疾患の治療の開発に利用する研究を進めています。神経に特に興味のあるかたは5.6節へお進みください。

5.1 TEP画像とTEPIQ法

我々がとった方法はとても単純で、分泌組織を水溶性蛍光トレーサーの入った溶液に浸して、2光子励起法で観察する、というものでした。こうすると、不思議なくらい、組織内の微細構造が見え、その一部として開口放出やエンドサイトーシスが捉えられます。組織内の細胞間隙はとても薄くて一様で清潔であるという事情が効いています。細胞外のトレーサーが分泌小胞を染色するので、膜融合直後からその形態変化を定量的に捉えて追跡することができます。2光子励起法の同時多重染色性から、色素を多重に使い、たとえば分子の染色と同時に行うことができます。同様な方法を通常の1光子顕微鏡で行うと、細胞外液の蛍光トレーサーが焦点面以外での無駄な光の吸収のために熱を出して、細かい構造を見ようとするとうまくいかなくなります。この様な仕組みで、単純な方法ながら、この画像法は固有の特徴を持ち、これまで見えなかった生理的分泌現象の実像を明らかにしてきました。そこで、この方法にTEP (Two-photon Extracellular Polar-tracer)画像法と名前をつけて今後系統的に方法論や特性を論じることにしました( Kasai et al. J. Physiol. 568(2005)891)。

TEP画像で開口放出を観察していると、退色の影響がほとんどないことに気がつきました。これは2光子励起法が焦点面でしか、色素を退色させないことによります。1光子励起では考えられないことです。これと、2光子励起の同時多重染色を組み合わせて、ナノメータ精度で分泌現象を測定する手法、TEPIQ法 (TEP Imaging-based Quantification)、を導きました。たとえば、染色された小胞の蛍光強度から小胞の大きさを求めることができます。この際、水溶性トレーサーを使う方法と膜を染めるトレーサーを使う方法があり、更に、この二つの方法を組み合わせると、二つのトレーサーの蛍光比から小胞の直径を導くことができ、この場合、単一の開口放出が解像していなくても小胞直径の推定ができます。こうして、TEPIQ法を用いることにより観察している開口放出やエンドサイトーシスを起こす小胞の大きさを、たとえば、インスリン小胞は平均350 nm、クロマフィン小胞は500 nm、PC12細胞の大型小胞は220 nm、小型小胞は 55 nm、古典的エンドサイトーシス小胞は90 nmという具合に求めて確認することができます。

更に、蛍光プローブの分子の大きさを物差しに使うことにより、融合細孔の大きさや分子組成を検討することも可能にしました(Takahashi et al. Science 297(2002)1349)。インスリン小胞の場合、融合細孔の開大は非常にゆっくりとしていて、直径1.4nmから6nmに開くのに平均1.4秒もかかることがわかりました。この安定性は小胞の内容物であるインスリンが結晶化しているという特殊事情のようです。この融合細孔の安定性を利用して、脂溶性色素の側方拡散を計ると非常に速く、融合細孔は直径1.4 nmの時点で既に脂質二重膜で構成されていることがわかりました。

5.2 膵臓ランゲルハンス島

膵臓ランゲルハンス島にTEP画像を適用すると、融合細孔が開いてインスリン小胞が染め出されたあと、小胞膜が完全に細胞膜に平滑化する様子が可視化されました(Takahashi et al. Science 297(2002)1349)。この完全融合という分泌様式は、最も単純に想定される様式ですが、これが分泌細胞で実際に証明されたのはこの実験が初めてかもしれません。実際、他の分泌細胞や神経ではこの様式がとられるとは限りません。インスリン開口放出は血管に向かって起こりやすい傾向は見られるものの、細胞の全周囲で起きました。従って、内分泌細胞の細胞間隙はホルモンの通り道ということになります。実際、内分泌組織にはtight junctionがほとんどありません。TEP画像によって捉えられた開口放出を数えてみると、ラジオイムノアッセイで計った分泌量をほぼ説明しました。糖尿病モデルマウスでも、ラジオイムノアッセイの結果をよく再現しました(Fukui et al. Cell Metabolism 2(2005)373; Kasai et al. J. Clin. Invest. 115(2005)388)。グルコースによるインスリン分泌の特に初期相にcAMP/PKAが必須であることがわかってきました(Hatakeyama et al. J. Physiol. 570(2006)271)。強く刺激しても1秒より短い時定数で開口放出する小胞は稀でした。開口放出に伴うSNAREタンパク質の動きを初めて捉えるのにも成功しています(Takahashi et al. J. Cell Biol. 165(2004)255)。この様に我々の手法は組織標本を用いてインスリン分泌を分子・細胞レベルで捉えることができ、今後、糖尿病薬や再生組織の検索に有効と考えられます。

5.3 膵臓外分泌腺


この標本においてTEP画像が初めて成功し( Nemoto et al. Nature Cell Biol. 3(2001)253)、逐次開口放出を動態として証明したことになりました。一般に分泌細胞やシナプス前終末の電子顕微鏡像を見ていると、分泌小胞が細胞質に詰まっています。表面から完全融合で小胞が動員されるとすると、動員された分の膜を回収していく必要があり、また、小胞を表面まで移動させる必要があり、いざというとき大量の分泌をするのが難しそうです。逐次開口放出では表層の小胞のオメガ構造が安定に残るのがポイントで、これに対して内部の小胞が逐次的に開口放出します。内部の小胞でも開口放出の進行は表層の小胞とあまり変わらないように見受けられます。従って、膜の回収も小胞の運搬の必要もなく、大量の分泌を刺激時にするのに非常に合理的な分泌様式と言えます。

膵外分泌腺では、この逐次開口放出の際に、小胞の構造が数珠状に保存されます。これには深い訳がありました。この時、小胞はFアクチンで次々と被覆されていくことがわかりました。この被覆が起きないようにすると、数珠が膨れあがって空胞が形成されていきます。この像は、急性膵炎の初期病理像とそっくりでした。ネズミに急性膵炎を起こす高いコレシストキンを投与すると、同様な空胞が形成され、その時Fアクチン被覆は形成されません。従って、開口放出によってできた弱い膜を消化管内からの陽圧や逆流から守るためにFアクチン被覆機構があり、この機構の破綻として膵炎がある可能性が示唆されます(Nemoto et al. 279(2004)37544)。この仕事をした根本知己博士は現在、生理学研究所の脳機能計測センターで助教授をしています。

5.4副腎髄質

逐次開口放出を外分泌腺で見つけたとき、これは上皮細胞固有の分泌様式だと考えました。何故なら、他の標本では報告されていなかったからです。ところが、副腎髄質組織に対してTEP画像が可能になると、この予想は裏切られました。我々は、この代表的な内分泌細胞において最も顕著な逐次開口放出を見つけました(Kishimoto et al. EMBO J. 25(2006)673)。この標本では小胞は数珠状にならずに、小胞内のゲルが膨れてあっという間に空胞様の構造を形成します。この空胞の膨張により内部の小胞が効率よく動員されていきます(空胞型逐次開口放出、vacuolar sequential exocytosis)。面白いことに、単位膜面積あたりの開口放出頻度を求めると、最外層の細胞膜より、この新たにできた空胞膜上の方が高い頻度で開口放出を起こしていました。これは、分泌準備状態は小胞が表層にあろうと少々内部にあろうとあまりかわらないことを示しています(下図、Free configuration)。実際、この際、細胞膜のSNAREタンパク質が小胞に側方拡散して、複合体形成することが大事であることが示唆されました。

逐次開口放出が起きるためには最外層の小胞の作るオメガ構造が安定している必要があります。融合細孔は開いていなければならずに、また、開きすぎてはいけません(20 nm以下に保たれている)。どうしてそんなことが可能なのでしょうか。分泌細胞の小胞はしばしば細胞膜にくっついています(ドッキング)。しかし、開口放出は決してシナプスの様に速くはありません。そこで、一つの可能性としてドッキングはオメガ構造の安定化のためにあると考えられます。実際、アネキシンのような分子は、融合細孔を取り囲み (Nakata et al. J. Cell Biol. 110(1990)13) 、この役にぴったりのように見えます。また、膜裏打ちアクチンもこの安定性を助けるようです。

空胞型逐次開口放出は、組織の内部でより起きやすいこともあり、これまで見逃されたと考えられます。電子顕微鏡では動態がわからないので空胞が見えても病理像と考えて見捨てられるか、エンドサイトーシスを現すと考えられてきた様です。直接現象を可視化することが必要で、それには2光子励起が必要だったわけです。

5.5 PC12細胞

PC12細胞は分子生物学の最も進んでいるモデル分泌細胞です。副腎と同様にアドレナリンを含む、大型小胞(PC12細胞では平均直径220 nm)は、よくドックしていることが知られていますが、矢張り、顕著な逐次開口放出を示しました(Kishimoto et al. J. Physiol. 568(2005)905)。また、TEP画像は大量のシナプス様小胞(直径55 nm)の開口放出を検出しました。その大部分は細胞膜にドックしておらず、また、開口放出後にすぐ融合細孔が閉鎖して、膜から離れていくことがわかりました。この様にドッキングしていない小胞は膜から離れ易く、ドッキングは開口放出後も小胞を膜につなぎ止める働きを持つようです(Liu et al. J. Physiol. 568(2005)917)。また、小胞が細胞膜にドックしていなくても刺激後1秒くらいで開口放出を起こすことができました(下図、Free configuration)。

5.6シナプス前終末

シナプス前終末からの伝達物質の放出は0.2ミリ秒くらいで起きるので、神経回路では、シナプスでの信号の遅延を最小限にすることができます。どうして、開口放出の様な複雑な現象が、単一分子のコンフォメーション変化と同じような時間経過で起きるのでしょうか。このシナプス前終末の謎を解くために、莫大な分泌研究が凌ぎを削ってなされていると言って過言ではありません。この基本過程がわからなければ、脳の理解に大きなブラックボックスを残すことになります。シナプスの速い開口放出を説明するには、小胞は膜にドックしている必要があります。また、関係する分子はすべて集合しており、刺激が入るとその超分子構造のコンフォメーション変化として、開口放出が起きると考えられます。(下図、bound configuration)。ただし、これにはまだ証明が与えられていません。このシナプスの考え方に引きずられて、これまで、どの分泌細胞でも、小胞は刺激前にドックしている、SNAREタンパク質は複合化していると仮定されてきました。こう考えることで、分泌細胞の研究をより一般化したいという思惑も働いていると思われます。

しかし、5.2-5.5節に述べましたように、我々の分泌細胞を用いた直接的観察では、普通の分泌細胞では小胞は仮にドッキングはしていてもそれは分泌を速くすることはなく、それは他の機能、たとえば逐次開口放出のためにあるようです。更に、SNARE蛋白質の複合化は刺激後に起きることが多いと考えられます(Nemoto et al., Nature Cell Biol. 3(2001)253; Kishimoto et al. EMBO J. 25(2006)673)。こうして、分泌細胞の現象がよくわかってきたために、シナプスの特殊性が初めて明確に意識されます。シナプスにおいては特に、一部のドックした小胞は開口放出の最終段階で止まって待っていると考えられます(bound configuration)。このbound configurationの分子的形態的実態はまだ全くわかっていない状況です。

シナプスにはactive zoneという特殊な構造がありますが、これがbound configurationを支えている可能性は高いでしょう。このactive zoneという構造はスパインのシナプス後肥厚(PSD)とペアになって存在し、接着分子により、両側のアクチン細胞骨格がつながっています。

5.7我々の進む方向

この様に、シナプスと分泌細胞の分泌の分子細胞機構は、上に述べた重要な点において異なるというのが我々の見解です。そして、その相違点こそ開口放出の中核的反応部分なので、双方の分泌現象を対比することは双方の分泌現象にとって有効だと考えます。シナプスの分泌現象はスパインシナプスのメモリー素子の重要な一部を成します。一方、分泌現象は糖尿病の様な、様々な重大疾患に関係しています。そこで、我々は以下のプロジェクトを進めています。


1)結局、分泌細胞の中ではベータ細胞が、逐次開口放出という特殊な修飾を最も受けておらず、開口放出の標準的過程を調べるのに最善の標本であると考えられます。我々は、ベータ細胞に2光子光化学顕微鏡、TEP画像と標識したSNARE蛋白を用いることにより、開口放出の標準的な分子過程の解明を進めています。
2)我々のラボでは開口放出を光で刺激することが可能になりつつあります。こうして、シナプス前終末を直接刺激して、スパインシナプスの全容を解明したいと考えてます。この技術を分泌細胞にも応用します。
3)TEP画像法の応用をシナプス前終末に拡張し、The bound configurationの分子的、形態的実態を明らかにします。また、シナプス前部機能の可視化技術を開発します。
4)分泌細胞で、おそらくシナプスでも、広範に用いられている逐次開口放出の分子過程を可視化する作業を進めます。



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