遺伝性パラガングリオーマ・褐色細胞腫症候群
(hereditary paraganglioma-pheochromocytoma syndrome)
Gene Review著者: Roger D Klein, MD, JD, Ricardo V Lloyd, MD, PhD, William F Young, MD, MSc
日本語訳者: 竹越一博(筑波大学大学院人間総合科学研究科病態制御医学臨床分子病態検査医学)
Gene Review 最終更新日: 2008.5.21. 日本語訳最終更新日: 2008.9.1.
原文 hereditary paraganglioma-pheochromocytoma syndrome
要約
疾患の特徴
遺伝性パラガングリオーマ・褐色細胞腫(PGL/PCC)症候群はパラガングリオーマ(傍脊椎軸に沿って対称に頭蓋骨底から骨盤まで存在する神経内分泌組織から発生する腫瘍)と褐色細胞腫(副腎髄質のパラガングリオーマ)の発症が特徴である.交感神経由来のパラガングリオーマはカテコ-ルアミンを過剰分泌するが,副交感神経由来のパラガングリオーマはしばしば非分泌性である.副腎外副交感神経由来のパラガングリオーマのほとんどが頭頚部に発症し,それらの95%はカテコ-ルアミンを分泌しない.対照的に交感神経由来のパラガングリオーマは,胸部・腹部・骨盤に発症し,典型例ではカテコ-ルアミンを過剰分泌する.褐色細胞腫は副腎髄質から発生しカテコ-ルアミンを過剰分泌する.褐色細胞腫・パラガングリオーマの症候 は腫瘍自体の占拠効果によるものとカテコ-ルアミン過剰分泌(例:持続性もしくは発作性高血圧,頭痛,突然の発汗,動悸,不安感)からなる.悪性化のリスクは副腎外の交感神経性のパラガングリオーマが副腎性や頭頚部のパラガングリオーマよりも高い.
診断・検査
遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群の診断は,身体所見・家族歴・画像診断・生化学検査,そして遺伝子診断からなる.本症候群の原因遺伝子であるSDHD・SDHC・SDHB遺伝子は,すべてコハク酸脱水素酵素(複合体U)のサブユニットをコードする遺伝子であり,核内に存在する遺伝子である.
これら3種類の遺伝子を用いた遺伝子診断が臨床的に可能である.
臨床的マネジメント
症状の治療:褐色細胞腫のようなカテコ-ルアミン過剰分泌腫瘍には,まずアドレナリン受容体拮抗薬を投与しその後手術を行う.頭頚部パラガングリオーマのような非分泌性腫瘍に対しては手術を行う.SDHB変異陽性褐色細胞腫・パラガングリオーマの患者の場合は,悪性化する可能性が高いため出来るだけ速やかに切除を行うべきである.
二次性病変の予防:定期検査を通じて腫瘍をできだけ早期に発見し切除することが,腫瘍自体の占拠による合併症・カテコ-ルアミン過剰分泌・悪性化を最小にとどめるか,もしくは予防すると期待される.
定期健診:10歳もしくは家系内の最も若年発症者の発症時から10年を引いた年から開始する.遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ� �症の可能性がある個人に対する定期健診は生涯にわたる.
回避すべき薬剤や環境:低酸素,タバコ.
遺伝カウンセリング
遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群の遺伝形式は常染色体優性遺伝である.一般的にSDHD(PGL1)変異は,父親が変異を持っていた場合のみ子供に伝達する.PGL/PCC症候群の発端者は,両親のどちらかから変異遺伝子を受け継ぐかもしくは突然変異による.ただし突然変異の割合は不明である.発端者の子は50%の可能性で発症を引き起こす変異が遺伝することになる.例外は,SDHDの変異を母親から受け継いだ場合で,病気を発症する頻度は低い(ただし稀に発症する場合も知られている).ただし,この場合も子孫に50%の可能性で発症を引き起こす変異が遺伝する.
SDHDの変異を父親から受け継いだ個人はパラガングリオーマに罹患する可能性が高くなる.病因となる遺伝子変異が同定されている場合,リス クのある妊娠について出生前診断が技術的に可能である.もしGene Tests Laboratory Directoryで捜してもどの研究室でも出生前診断を受け付けてない場合,オーダ-メイドのような形で応じてくれる場合もある.
診断
臨床診断
すべての褐色細胞腫・パラガングリオーマに罹患している患者において,特に以下のような所見が認められる場合,遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PGL/PCC)症候群に罹患している可能性を考慮するべきである[Young 2008].
- 腫瘍が
- 多発性(1つより多い異なる腫瘍),両側性を含む.
- 同時,もしくは時期を違えて多中心性に発症
- 再発
- 若年発症(40歳以下)
- 腫瘍の家族歴がある.
注:遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PGL/PCC)症候群に罹患している多くの患者は,むしろ頭頸部・胸部・腹部・腹部・副腎・骨盤の単発腫瘍で発症し,かつ家族歴もはっきりしない場合が多い(つまり,一見散発性に見える)[Baysal et al 2002, Neumann et al 2002, Badenhop et al 2004, Amar et al 2005].
2004年のWHOの分類 [DeLellis et al 2004] は褐色細胞腫・パラガングリオーマを発生部位,カテコ-ルアミン過剰分泌状態{例:交感神経系(カテコ-ルアミンを過剰分泌する)と副交感神経(カテコ-ルアミンを過剰分泌しない)}で分類した.
以下の腫瘍についての議論はWHOの内分泌腫瘍の分類に基づく[Kimura et al 2004a, Kimura et al 2004b, Lloyd et al 2004, McNicol et al 2004, Thompson et al 2004, Tischler & Komminoth 2004].
パラガングリオーマ(傍神経節腫瘍)は頭蓋底から骨盤にかけて,左右対称に存在する神経内分泌組織である傍神経節から発生する.
- 頭頚部のパラガングリオーマは基本的には副交感神経性であり,一般的には非分泌性である.ただし,これらの約5%はカテコ-ルアミンを分泌する.
- 胸部・腹部・そして骨盤部のパラガングリオーマは交感神経性でありカテコ-ルアミンを過剰分泌する.
注:傍神経節に沿って発生する(ただし副腎は含まれない)交感神経系パラガングリオーマは"副腎外交感神経系パラガングリオーマ"と呼ばれる.
褐色細胞腫はカテコ-ルアミンを過剰分泌する副腎髄質に限局するパラガングリオーマである.褐色細胞腫は副腎のクロマフィン細胞の腫瘍でもある.
注:"クロマフィン細胞/腫瘍"は,発生部位に依らない,もう1つの交感神経系(カテコ-ルアミン分泌性)神経内分泌細胞/腫瘍の呼び名である.クロマフィンとはカテコ-ルアミンが重クロム酸カリウム; Potassium dichromate; K2Cr2O7による酸化・重合受けた結果,細胞/腫瘍に含まれるカテコ-ルアミンが褐色や黒色を呈する現象を指す.
褐色細胞腫とパラガングリオーマの診断は身体所見,画像診断,生化学検査に基づく.
患者の問診では
- 家族歴の詳細,特に説明不可能な突然死は聞き逃さない.
- 下記の如き既往歴:
- カテコ-ルアミンの過剰分泌を示唆する徴候,つまり持続性もしくは発作性高血圧・頭痛・突然の発汗・動悸(発作性であり程度が強い感じで,実際頻脈である)・不安感.
- 発作性の徴候が,体位の変換・腹圧の上昇・薬剤(メトクロプラミド)・運動で誘発される.膀胱のパラガングリオーマ症例では,頻尿・無痛性の血尿を伴う.
- 頭頚部パラガングリオーマの症状.これらの腫瘍は増大傾向を示す腫瘤として存在し,無症候のこともあれば症状を示す事もあるが,それらは腫瘍の大きさ・場所によって異なる.症状としては,片則性難聴・拍動性耳鳴・咳・嗄声・咽頭のつかえ・嚥下困難・痛み そして/または,舌の動きの問題などである.
- 交感神経性のパラガングリオーマと褐色細胞腫を考える場合,高血圧・頻脈性不整脈もしくは他の不整脈,そして触知できる腹部腫瘍の散在などである.
- 頭頚部パラガングリオーマの場合,頭頸部の腫瘤.
- 頚動脈小体腫瘍は垂直方向に付着しておりブリュイや拍動を触れる.
注:頚動脈小体はおおよそ第4頚椎のレベルにある頸動脈の分岐部に存在する.
頸静脈鼓室パラガングリオーマは鼓膜の後部の青色の拍動性の腫瘍として見られる[Gujrathi & Donald 2005]画像検査
診断と局在診断に以下の方法が用いられる[Lenders et al 2005, Young 2006, Pacak et al 2007].
MRI/CT
- パラガングリオーマは,傍脊椎神経節の存在する頭部から骨盤部まで,大動脈周囲の交感神経節も含み見出される.好発部位は腎血管とZuckerkandl器官(下腸間膜動脈起始部と大動脈分岐部周辺のクロマフィン細胞)である.頻度の少ない部位は膀胱壁である.
- クロマフィン腫瘍はMRIのT2強調画像で高信号を呈するため,褐色細胞腫を他の良性副腎皮質腺腫と鑑別する助けとなる.
- 多発性の可能性がある
- CT/MRIの感度・特異性は同等であり,それぞれおよそ90%−100%,70-80%である.
- MRIで陽性画像を呈した腫瘍に対する脂肪抑制画像(short TI inversion recovery法:STIR)は,腫瘍の診断および経過観察にも有用である.この方法はMRIのT2強調画像の高感度を生かしながら,CTの放射線被爆を減らす事が出来る利点がある.
注:CT/MRIは腫瘍の病期分類にも用いられる[Lenders et al 2005, Young 2006, Pacak et al 2007].
超音波
ドップラーを内蔵しているBモードの超音波診断装置は頚動脈小体や迷走神経系パラガングリオーマの診断に有用である.
Digital Subtraction Angiography (DSA)転移を検出するためには下記の検査が使われる[Gujrathi & Donald 2005]
123I -meta-iodobenzylguanigine (MIBG)
MIBGは,放射性同位元素でラベルしたカテコールアミンの類似物質であり,同物質の腫瘍への取り込みを測定する.
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