2012年6月9日土曜日

遺伝性パラガングリオーマ・褐色細胞腫症候群


遺伝性パラガングリオーマ・褐色細胞腫症候群
(hereditary paraganglioma-pheochromocytoma syndrome)

[Includes:SDHD-Related Hereditary Paraganglioma-Pheochromocytoma Syndrome (Paragangliomas 1), SDHB-Related Hereditary Paraganglioma-Pheochromocytoma Syndrome (Paragangliomas 4), SDHC-Related Hereditary Paraganglioma-Pheochromocytoma Syndrome (Paragangliomas 3)]

Gene Review著者: Roger D Klein, MD, JD, Ricardo V Lloyd, MD, PhD, William F Young, MD, MSc
日本語訳者: 竹越一博(筑波大学大学院人間総合科学研究科病態制御医学臨床分子病態検査医学)

Gene Review 最終更新日: 2008.5.21. 日本語訳最終更新日: 2008.9.1.

原文 hereditary paraganglioma-pheochromocytoma syndrome


要約

疾患の特徴 

遺伝性パラガングリオーマ・褐色細胞腫(PGL/PCC)症候群はパラガングリオーマ(傍脊椎軸に沿って対称に頭蓋骨底から骨盤まで存在する神経内分泌組織から発生する腫瘍)と褐色細胞腫(副腎髄質のパラガングリオーマ)の発症が特徴である.交感神経由来のパラガングリオーマはカテコ-ルアミンを過剰分泌するが,副交感神経由来のパラガングリオーマはしばしば非分泌性である.副腎外副交感神経由来のパラガングリオーマのほとんどが頭頚部に発症し,それらの95%はカテコ-ルアミンを分泌しない.対照的に交感神経由来のパラガングリオーマは,胸部・腹部・骨盤に発症し,典型例ではカテコ-ルアミンを過剰分泌する.褐色細胞腫は副腎髄質から発生しカテコ-ルアミンを過剰分泌する.褐色細胞腫・パラガングリオーマの症候 は腫瘍自体の占拠効果によるものとカテコ-ルアミン過剰分泌(例:持続性もしくは発作性高血圧,頭痛,突然の発汗,動悸,不安感)からなる.悪性化のリスクは副腎外の交感神経性のパラガングリオーマが副腎性や頭頚部のパラガングリオーマよりも高い.

診断・検査 

遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群の診断は,身体所見・家族歴・画像診断・生化学検査,そして遺伝子診断からなる.本症候群の原因遺伝子であるSDHD・SDHC・SDHB遺伝子は,すべてコハク酸脱水素酵素(複合体U)のサブユニットをコードする遺伝子であり,核内に存在する遺伝子である.

これら3種類の遺伝子を用いた遺伝子診断が臨床的に可能である.

臨床的マネジメント 

症状の治療:褐色細胞腫のようなカテコ-ルアミン過剰分泌腫瘍には,まずアドレナリン受容体拮抗薬を投与しその後手術を行う.頭頚部パラガングリオーマのような非分泌性腫瘍に対しては手術を行う.SDHB変異陽性褐色細胞腫・パラガングリオーマの患者の場合は,悪性化する可能性が高いため出来るだけ速やかに切除を行うべきである.
二次性病変の予防:定期検査を通じて腫瘍をできだけ早期に発見し切除することが,腫瘍自体の占拠による合併症・カテコ-ルアミン過剰分泌・悪性化を最小にとどめるか,もしくは予防すると期待される.
定期健診:10歳もしくは家系内の最も若年発症者の発症時から10年を引いた年から開始する.遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ� �症の可能性がある個人に対する定期健診は生涯にわたる.
回避すべき薬剤や環境:低酸素,タバコ.

発症の可能性がある親族に対する遺伝子診断:SDHD・SDHC・SDHB遺伝子変異の同定されている発端者の第1度近親者(10歳以上)は変異の有無を知るために検査を受けるべきである.このことがひいては,診断の正確さの向上につながり,さらに変異陰性者に対する高額な検査費用を減らすことにもなる.

遺伝カウンセリング 

遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群の遺伝形式は常染色体優性遺伝である.一般的にSDHD(PGL1)変異は,父親が変異を持っていた場合のみ子供に伝達する.PGL/PCC症候群の発端者は,両親のどちらかから変異遺伝子を受け継ぐかもしくは突然変異による.ただし突然変異の割合は不明である.発端者の子は50%の可能性で発症を引き起こす変異が遺伝することになる.例外は,SDHDの変異を母親から受け継いだ場合で,病気を発症する頻度は低い(ただし稀に発症する場合も知られている).ただし,この場合も子孫に50%の可能性で発症を引き起こす変異が遺伝する.
SDHDの変異を父親から受け継いだ個人はパラガングリオーマに罹患する可能性が高くなる.病因となる遺伝子変異が同定されている場合,リス クのある妊娠について出生前診断が技術的に可能である.もしGene Tests Laboratory Directoryで捜してもどの研究室でも出生前診断を受け付けてない場合,オーダ-メイドのような形で応じてくれる場合もある.

訳注:日本では本症に対する出生前診断は行われていない.

診断

臨床診断

すべての褐色細胞腫・パラガングリオーマに罹患している患者において,特に以下のような所見が認められる場合,遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PGL/PCC)症候群に罹患している可能性を考慮するべきである[Young 2008].

  • 腫瘍が
    • 多発性(1つより多い異なる腫瘍),両側性を含む.
    • 同時,もしくは時期を違えて多中心性に発症
    • 再発
    • 若年発症(40歳以下)
  • 腫瘍の家族歴がある.

注:遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PGL/PCC)症候群に罹患している多くの患者は,むしろ頭頸部・胸部・腹部・腹部・副腎・骨盤の単発腫瘍で発症し,かつ家族歴もはっきりしない場合が多い(つまり,一見散発性に見える)[Baysal et al 2002, Neumann et al 2002, Badenhop et al 2004, Amar et al 2005].

2004年のWHOの分類 [DeLellis et al 2004] は褐色細胞腫・パラガングリオーマを発生部位,カテコ-ルアミン過剰分泌状態{例:交感神経系(カテコ-ルアミンを過剰分泌する)と副交感神経(カテコ-ルアミンを過剰分泌しない)}で分類した.

以下の腫瘍についての議論はWHOの内分泌腫瘍の分類に基づく[Kimura et al 2004a, Kimura et al 2004b, Lloyd et al 2004, McNicol et al 2004, Thompson et al 2004, Tischler & Komminoth 2004].

パラガングリオーマ(傍神経節腫瘍)は頭蓋底から骨盤にかけて,左右対称に存在する神経内分泌組織である傍神経節から発生する.

  • 頭頚部のパラガングリオーマは基本的には副交感神経性であり,一般的には非分泌性である.ただし,これらの約5%はカテコ-ルアミンを分泌する.
  • 胸部・腹部・そして骨盤部のパラガングリオーマは交感神経性でありカテコ-ルアミンを過剰分泌する.

 

注:傍神経節に沿って発生する(ただし副腎は含まれない)交感神経系パラガングリオーマは"副腎外交感神経系パラガングリオーマ"と呼ばれる.

褐色細胞腫はカテコ-ルアミンを過剰分泌する副腎髄質に限局するパラガングリオーマである.褐色細胞腫は副腎のクロマフィン細胞の腫瘍でもある.

注:"クロマフィン細胞/腫瘍"は,発生部位に依らない,もう1つの交感神経系(カテコ-ルアミン分泌性)神経内分泌細胞/腫瘍の呼び名である.クロマフィンとはカテコ-ルアミンが重クロム酸カリウム; Potassium dichromate; K2Cr2O7による酸化・重合受けた結果,細胞/腫瘍に含まれるカテコ-ルアミンが褐色や黒色を呈する現象を指す.

褐色細胞腫とパラガングリオーマの診断は身体所見,画像診断,生化学検査に基づく.

患者の問診では

  • 家族歴の詳細,特に説明不可能な突然死は聞き逃さない.
  • 下記の如き既往歴:

 

    • カテコ-ルアミンの過剰分泌を示唆する徴候,つまり持続性もしくは発作性高血圧・頭痛・突然の発汗・動悸(発作性であり程度が強い感じで,実際頻脈である)・不安感.
    • 発作性の徴候が,体位の変換・腹圧の上昇・薬剤(メトクロプラミド)・運動で誘発される.膀胱のパラガングリオーマ症例では,頻尿・無痛性の血尿を伴う.
    • 頭頚部パラガングリオーマの症状.これらの腫瘍は増大傾向を示す腫瘤として存在し,無症候のこともあれば症状を示す事もあるが,それらは腫瘍の大きさ・場所によって異なる.症状としては,片則性難聴・拍動性耳鳴・咳・嗄声・咽頭のつかえ・嚥下困難・痛み そして/または,舌の動きの問題などである.

 

    • 交感神経性のパラガングリオーマと褐色細胞腫を考える場合,高血圧・頻脈性不整脈もしくは他の不整脈,そして触知できる腹部腫瘍の散在などである.
    • 頭頚部パラガングリオーマの場合,頭頸部の腫瘤.
      • 頚動脈小体腫瘍は垂直方向に付着しておりブリュイや拍動を触れる.

注:頚動脈小体はおおよそ第4頚椎のレベルにある頸動脈の分岐部に存在する.

頸静脈鼓室パラガングリオーマは鼓膜の後部の青色の拍動性の腫瘍として見られる[Gujrathi & Donald 2005]

画像検査

診断と局在診断に以下の方法が用いられる[Lenders et al 2005, Young 2006, Pacak et al 2007].

MRI/CT

  • パラガングリオーマは,傍脊椎神経節の存在する頭部から骨盤部まで,大動脈周囲の交感神経節も含み見出される.好発部位は腎血管とZuckerkandl器官(下腸間膜動脈起始部と大動脈分岐部周辺のクロマフィン細胞)である.頻度の少ない部位は膀胱壁である.
  • クロマフィン腫瘍はMRIのT2強調画像で高信号を呈するため,褐色細胞腫を他の良性副腎皮質腺腫と鑑別する助けとなる.
  • 多発性の可能性がある
  • CT/MRIの感度・特異性は同等であり,それぞれおよそ90%−100%,70-80%である.
  • MRIで陽性画像を呈した腫瘍に対する脂肪抑制画像(short TI inversion recovery法:STIR)は,腫瘍の診断および経過観察にも有用である.この方法はMRIのT2強調画像の高感度を生かしながら,CTの放射線被爆を減らす事が出来る利点がある.

注:CT/MRIは腫瘍の病期分類にも用いられる[Lenders et al 2005, Young 2006, Pacak et al 2007].

超音波
ドップラーを内蔵しているBモードの超音波診断装置は頚動脈小体や迷走神経系パラガングリオーマの診断に有用である.

Digital Subtraction Angiography (DSA)転移を検出するためには下記の検査が使われる[Gujrathi & Donald 2005]

123I -meta-iodobenzylguanigine (MIBG)

MIBGは,放射性同位元素でラベルしたカテコールアミンの類似物質であり,同物質の腫瘍への取り込みを測定する.


便秘を治療する方法
  • MIBGはCT/MRIと比較すると特異度は高いが,感度は低い.
  • MIBGは以下の目的で用いられる.
    • CT/MRIで検出した腫瘍の質的な診断
    • 他の箇所の検索
    • CT/MRIで陰性の腫瘍の検出[Young 2008]

オクトレオタイドシンチグラフィー
放射性同位元素でラベルしたソマトスタチンの類似物質であり,腫瘍への取り込みを測定する.特に,MIBG陰性の腫瘍で本法が陽性を示す事がある.

2-18F-fluoro-2-deoxy-D-glucose position emission tomography (FDG-PET)

もしくは他の核種をもちいたPETも転移巣の検出に有用である.

検査

生化学検査

褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PGL/PCC)症候群で過剰分泌されるのは以下のどれかである

  • エピネフリン(アドレナリン)
  • ノルエピネフリン(ノルアドレナリン)
  • ド-パミン

もしカテコ-ルアミン産生腫瘍が疑われたら,カテコ-ルアミン産生過剰の証明のためには,尿中に加えて/もしくは血中メタネフリン2分画・同カテコ-ルアミンを検査する.(訳注:メタネフリン2分画とはメタネフリンとノルメタネフリン,それぞれの値を測定すること)

注(1)尿中もしくは血中メタネフリン2分画検査は,カテコ-ルアミン測定よりも感度が高いため薦められる[Young 2008].
(2)血中メタネフリン2分画の値が基準値の4倍以下の増加のときは,更に血中クロモグラニンAに加えて/もしくは尿中メタネフリン2分画の追加で偽陽性を減らす事が出来る[Algeciras-Schimnich et al 2008].
(3)ノルエピネフリン優位の分泌は副腎外パラガングリオーマもしくはフォンヒッペル・リンドウ病に伴う褐色細胞腫を示唆する[Pacak et al 2007].

生検

頭頚部のパラガングリオーマの生検は診断に必要ないばかりか,侵襲性が高いゆえに高血圧性クライシス・出血・腫瘍の播種などのリスクを伴うため禁忌である.

分子遺伝学的検査

遺伝子 遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群(hereditary pheochromocytoma-paraganglioma syndrome)の原因は,コハク酸脱水素酵素(SDH)を構成する4つのサブユニットをコードする核内遺伝子のうち3つの遺伝子である.コハク酸脱水素酵素は,ミトコンドリア内膜に存在しTCA回路および電子伝達系酵素複合体の一部でもあり,コハク酸からフマル酸への反応を触媒する.

以下対応を示す

他の遺伝子座
複数の患者の解析を行っても,必ずしも上記の遺伝子変異を見出せない場合もあることから,他のPGL/PCC症候群の原因となる遺伝子が存在する可能性はある.

PGL2はドイツの家族性パラガングリオーマ家系で,染色体11q13に存在することが報告された[Mariman et al 1995].

臨床的遺伝学的検査

SDHBは8つエクソン,SDHCは6つエクソン, SDHDは4つエクソンからなる.これらエクソンと周辺のエクソンーイントロン結合部の塩基配列に変異を検出することが行われている.およそ70%の家族性頭頸部パラガングリオーマで,これら3つの中のどれかが原因遺伝子となり発症するとされる[Baysal et al 2002].

  • 家族性PGL/PCC症候群もしくは他のPGL/PCCを伴う症候群(例えばMEN,VHL病,神経線維腫症1型)56例において,12人(21.4%)がSDHBもしくはSDHDの変異を持っていた[Amar et al 2005].中央ヨ−ロッパとアメリカ合衆国においては,SDHBもしくはSDHDの変異の率はほぼ同じであるが,SDHCの頻度は少ない[Baysal et al 2002, Neumann et al 2004, Schiavi et al 2005].
  • ドイツとポ−ランドの調査ではSDHBもしくはSDHDの変異の率は同じである[Neumann et al 2004].
アメリカ合衆国の家族性頭頸部パラガングリオーマ10家系で,SDHD変異は5家系(50%)SDHB 変異は2家系(20%)で見つかっている.一方,家族歴のない頭頸部パラガングリオーマ37例においても,2例(5%)でSDHD変異と1例(3% )で SDHB 変異が見出された[Baysal et al 2002].

研究的遺伝子解析

欠失の検出

欠失の検出は研究的なレベルに限って行われているため,SDHB・ SDHC ・SDHDのエクソン中の欠失,いくつかのエクソンにまたがる大欠失,いくつの遺伝子にまたがる大欠失などの頻度に関するデ−タは限られている.しかし,このような欠失は実際に報告されているのである[Baysal 2004, McWhinney et al 2004, Casco´n et al 2006].ある研究では,シ−クエンス法で変異が同定できない場合でも,それらの12%に大欠失が見出されるという[Casco´n et al 2006].

表1.遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PGL/PCC)症候群における分子遺伝学的検査

遺伝子(座)

遺伝性PGL/PCCに占める割合

検査法

検出可能な変異

変異検出率

検査の利用が可能か?

SDHD (PGL1)

〜50%1

〜13%2

シ−クエンス法

塩基配列の変異3

70〜100%

可能

SDHB (PGL3)

〜20%1

〜24%2

 

シ−クエンス法
欠失検出法
4

塩基配列の変異
部分的もしくは大きな欠失

70〜90%

〜10%

可能

研究のみ

SDHC (PGL3)

4%5

シ−クエンス法

塩基配列の変異

〜70%-100%

可能

    1. 家族性/症候性頭頸部PGLの家系[Baysal et al 2002]
    2. 家族性と副腎外PGL/PCCの家系[Amar et al 2005]
    3. オランダでは94%の遺伝性頭頸部PGLは2つのfounder mutations(同じ先祖から派生した変異)から生ずる.(p.Asp92Tyr と p.Leu139Pro) [Taschner et al 2001].
    4. エクソン中の欠失,いくつかのエクソンにまたがる欠失,いつの遺伝子にまたがる大欠失は,サザンブロット,定量polymerase chain reaction (PCR)法,multiplex ligation-dependent probe amplification (MLPA)の如きいくつかの方法で検出される.
    5. 121人のEuropean Head and Neck Paraganglioma Registryで5人のSDHC変異が同定されている[Schiavi et al 2005].

検査結果の解釈

解析手順

発端者における診断確定
SDHB・ SDHC ・SDHDの遺伝学的検査はPGL/PCC症候群もしくは疑いのある全ての人に適応がある.特に,若年発症・両側病変・副腎外・多発性・悪性の存在は遺伝性を疑うべきである[Gimenez-Roqueplo et al 2006, Pacak et al 2007].

注:家族歴や遺伝性を示唆する症候がない場合でもSDHB・ SDHC ・SDHDの遺伝学的検査を行わない理由にはならない.

  • 頭頸部PGLの場合,非分泌性(副交感神経性)もしくは分泌性(交感神経性)であっても,まずはSDHDの遺伝学的検査を行い,続いてSDHB・ SDHCを行う.SDHCの変異は一般的には(全例ではないが),非機能性の頭頸部PGLの非常に少ない家系で報告されている[Schiavi et al 2005, Mannelli et al 2007, Pasini et al 2008, Peczkowska et al 2008].
  • 比較的低い浸透率を示すため,クロマフィン腫瘍は悪性化し予後が悪くなる傾向がある.したがって,単発性であっても(下記訳注参照)全ての症例,特に副腎外の場合はSDHBの遺伝学的検査を考慮するべきである[Amar et al 2007].
  • 機能性腹部パラガングリオーマの場合,SDHBをまず調べその後SDHD・VHLへと進む.

注:SDHB変異を持つ患者のかなりの割合は単発性である[Amar et al 2005, Timmers et al 2007, Klein et al 2008].

訳注:単発性であるゆえ,一見遺伝性に見えない症例.臨床上は明らかな散発性褐色細胞腫(apparently sporadic pheochromocyomas:ASPまたはnonsyndromic pheochromocyomasとも呼ばれる)を指す.

  • 褐色細胞腫の患者で,神経線維腫症1型・von Hippel Lindau病 ( VHLの変異で発症)・多発性内分泌腺腫症2型 (MEN2,  RET変異で発症)のどれかに当てはまらない患者は,SDHBSDHDの遺伝学的検査を行う(鑑別診断を参照のこと).VHLRETによる病気は若年で発症する傾向にある.
    • The First International Symposium on Pheochromocytomaにおいて,若年発症は遺伝性を疑う重要なきっかけとなる事が確認され,引き続いて原因遺伝子を絞り込むために,腫瘍からのカテコ−ルアミン産生等を考慮した段階的なアプロ−チを行う事が推奨される.
悪性の場合はSDHB変異をまず検索する.

無症候の家族に対する予測的遺伝子診断
発症の可能性がある無症候の家族に予測的遺伝子診断を行う場合,事前にその家系の疾患を引き起こす原因遺伝子を同定しておく必要がある.

出生前診断
発症の可能性がある妊婦に出生前診断を行う場合,前もってその家系の疾患を引き起こす原因遺伝子を同定しておく必要がある.

遺伝学的に関連する疾患

最近の報告によると,Carney-Stratakis dyadはパラガングリオーマと消化管間質細胞腫瘍(GISTs)から成り,ある症例ではSDHB・ SDHC ・SDHDの遺伝子変異が見出される [Pasini et al 2008].(訳注:dyad;2組一対)

今のところ他の疾患ではSDHB・ SDHC ・SDHDの遺伝子変異との関連は報告されていない.

 


臨床像

自然経過

遺伝性PGL/PCC症候群は,神経堤(neural crest)細胞の集まりであり,頭蓋底から骨盤にいたるまで傍脊椎に沿って対称的に存在する傍神経節という場所に発生する.

頭頸部PGLの発生は一般的には副交感神経の分布と関係しており,同神経は頸動脈小体・迷走神経・頸静脈鼓室の周辺に多く分布している.典型的な場合,この領域から生じたパラガングリオーマはカテコ−ルアミンを産生しない.殆んどの頭頸部PGLは転移せず,腫瘍自体の容積(マス)が不利益なことを引き起こす.


皮膚*の治療法をかゆみ
  • 頸動脈小体パラガングリオーマ:典型的な場合は無症状であり,頚部側面の増大するマス(腫瘤)として発見される.患者は頭蓋神経や交感神経の圧排による神経症状を経験する.理学的所見では,腫瘤は垂直方向に固定されておりbruits や拍動を触れる.

  • 迷走神経パラガングリオーマ:頸動脈小体パラガングリオーマと同様な症状や徴候を示す.症状や徴候は,しわがれ声・咽頭違和感・嚥下障害・発声障害・痛み・咳などである.発声障害は腫瘍自体の圧排や声帯や舌を支配している神経にたいする圧排で生ずる.

  • 頸静脈鼓室パラガングリオーマ:拍動性の耳鳴り・難聴・頭蓋神経の異常などである.耳境でみると鼓膜後部の青色の拍動性の腫瘍として見られる[Gujrathi & Donald 2005].

胸部,腹部,骨盤パラガングリオーマの発生は交感神経系と関連しており,カテコ−ルアミンの過剰産生と関係している.副腎髄質は最大の交感神経系パラガングリオン細胞の集団である.

PGL/PCC症候群における褐色細胞腫および副腎外交感神経パラガングリオーマは,散発性(遺伝性でない)場合とほとんど同じ発症の仕方をする.注意点を以下に示す.

  • カテコ−ルアミンの過剰産生と関連する症状や徴候,つまり高血圧・頭痛・動悸・発汗・動悸・不安が認められる.吐き気・嘔吐・疲労・体重減少も認められる.これらはしばしば発作性である[Lenders et al 2005, Young 2006].
  • 腫瘍のマスによる症状や徴候
  • CT/MRIにより偶然発見された腫瘍
  • 発症の危険性がある保因者[Young 2008]

副腎外交感神経パラガングリオーマ(腹部のパラガングリオーマ)は悪性化する可能性が高い[Proye et al 1992].褐色細胞腫では,悪性化の頻度はかなり少ないものの起こりうる(表現型−遺伝型の相関を参照).

PGL/PCCの症状
散発性腫瘍の場合と比較して,SDHB・SDHDの生殖細胞系列遺伝子変異(germline  mutation)を持つ場合,若年発症・多中心性・両側性・再発性・同時多発といった傾向がある.SDHCの変異は稀であるため,SDHCの変異に伴う臨床症状に関する記載は限られる.22例のSDHCの変異を持つ頭頸部PGL(15例は文献から,7例は自経例)をSDHB・SDHD・ VHL・ RETの変異のない頭頸部PGL (88例の発端者と2例の単発性)と比較したところ,両者の間に臨床・病理・地域的な差異は見出されなかった.

良性のPGL/PCCは緩徐に大きくなる---1年に直径で約0.5〜1.0 cmとされる[Young 2007].対照的に,悪性例は生育が早い.しかし悪性であっても発育が穏やかな例も報告されている[Young 2002].

悪性例を良性例から鑑別するという点で,信頼にたる研究は存在しない.結果的に,悪性と確定診断するには非クロマフィン部位(頻度が高い場所は骨・肺・肝とリンパ節)への転移の存在による.悪性と確定診断するために転移を待つ事は,現在のこれらの腫瘍の自然経過に対する理解にバイアスがかかる事につながる.

転移していないPGL/PCCは,手術で治癒が見込まれる.ただし,一旦悪性化した場合,5年生存率は50%と予後は良くない[Thompson et al 2004, Young 2008].

他の腫瘍

  • 消化管間質細胞腫瘍(GISTs)がPGL/PCCの患者に見られることがあり,SDHのサブユニットをコ−ドする3つの遺伝子のどれかに変異が見出される場合がある[Pasini et al 2008].

  • 腎癌と甲状腺乳頭癌がSDHのサブユニットをコ−ドする3つの遺伝子のどれかの変異により発症すると報告された[Neumann et al 2002, Neumann et al 2004, Vanharanta et al 2004].

  • 生存期間 対症療法で20年以上生存例が知られている[Young et al 2002].

遺伝子型と臨床型の関連

SDHB・ SDHC ・SDHDの遺伝子変異の変異を有する場合,いかなる傍神経節においても褐色細胞腫やパラガングリオーマを発症しうるが,下記のように遺伝子と発症部位が関連するという事実は,診断の際に,あるいは症例によっては治療の際に参考にされる:

  • SDHC ・SDHDの遺伝子変異の変異を有する場合,副交感神経性の頭頸部のパラガングリオーマに罹患しやすい[Neumann et al 2004].
    • SDHDの遺伝子変異を有する場合,SDHB遺伝子変異を有する場合よりもオッズ比で24倍も頭頸部のパラガングリオーマに罹患しやすい[Benn et al 2006].
    • SDHDの遺伝子変異の変異を有する場合,SDHB遺伝子変異を有する場合よりもオッズ比で0.28倍腹部のパラガングリオーマに罹患しやすい[Benn et al 2006].
      • 副腎外が初発の悪性パラガングリオーマの50%近くは,SDHBの胚細胞遺伝子変異を有している.以前から副腎外交感神経系パラガングリオーマは頭頚部パラガングリオーマ[Proye et al 1992],や褐色細胞腫よりもはるかに悪性化しやすいとされてきた.この理由は部位によるのか,変異,もしくはその両方なのか不明である[Brouwers et al 2006, Klein et al 2008].
      • 副腎外発生の交感神経系パラガングリオーマよりも稀であるが,褐色細胞腫でも悪性化はおこり得る.この場合も,SDHB の遺伝子変異の変異を有する例は,散発性やSDHC ・SDHDの遺伝子変異の変異を有する場合よりも悪性化しやすい.
      • 特にSDHDの遺伝子変異を有する頭頚部パラガングリオーマは,散発性やSDHB遺伝子変異の変異を有する場合に比して多発性を呈する[Boedeker et al 2005].しかし,表現型は個人毎に,さらに同じ変異を有する家族間においてすら異なる.

注:SDHDの遺伝子変異が頭頚部パラガングリオーマと関連があることは共通であることが明らかになったが,有病率・浸透率・そしてSDHサブユニット遺伝子の変異による表現型には人種差がありそうである[Lima  et al 2007].
(訳注:例えばLimaらはスペインにおいて,SDHB変異陽性の頭頚部のパラガングリオ-マでは悪性化は稀と報告している.)

      • SDHDの遺伝子変異の変異を有する褐色細胞腫と交感神経性パラガングリオーマの75%近くは遺伝子の5'側に変異があると報告されている[Eng et al 2003].
      • SDHB遺伝子エクソン1の欠失と腹部パラガングリオーマの関連がある可能性が指摘されている[Casco´n et al 2008].

 浸透率 

年齢と浸透率

コハク酸脱水素酵素(SDH)のサブユニットをコードする遺伝子の浸透率は高いが,しかし年齢に関連する(表2).ただし,デ−タは今のところ限られている[Neumann et al 2004, Benn et al 2006].

表 2.  年齢と関連した SDHD 及び SDHB 変異の浸透率

  1. 年齢と関連した浸透率はSDHDの遺伝子変異を持つ場合の方がSDHBの遺伝子変異を持つ場合と比較して高い.
  2. ただしSDHDとSDHBの間に有意差はない.

発症部位と浸透率

頭頚部パラガングリオーマと腹部・胸部パラガングリオーマの浸透率を表3に示す[Benn et al 2006].

表3.  SDHDSDHB 変異における発症部位と浸透率

腫瘍の部位

変異

浸透率

頭頚部パラガングリオーマ1

SDHD

68%

SDHB

15%

腹部・胸部パラガングリオーマ2

SDHD

35%

SDHB

69%

  1. 40歳まで
  2. 60歳まで

促進現象

PGL/PCC症候群では促進現象は見られない.

病名

当初は,PGL/PCC症候群は褐色細胞腫と関連が知られていなかったかったため,遺伝性パラガングリオーマ症候群と呼ばれていた.PGL/PCC症候群の名称は,PGL1SDHD)・PGL3SDHC)・PGL4SDHB)という特異的な原因遺伝子により発症することに由来している.

頻度 

褐色細胞腫/パラガングリオーマの正確な頻度は不明である.年間発症率は30万に1人とされている.
3種類のSDHD 変異(p.Asp92Tyr, p.Leu95Pro, p.Leu139Pro)は,ほとんど全てのオランダの遺伝性パラガングリオーマの原因とされている[Taschner et al 2001, Dannenberg et al 2002].p.Asp92Tyとp.Leu139Proは32例中30例(94%)の家族性頭頚部パラガングリオーマおよび20/55(36%)の散発例で同定されている[Taschner et al 2001].

アメリカ合州国(US)で頻回に同定されるSDHD 変異(p.Pro81Leu, p.Arg38X)において,ある家系は独立して発症しているように見える[Taschner et al 2001, Baysal et al 2002].
中国におけるSDHD 変異 p.Met1Ile,は同国の遺伝性パラガングリオーマの原因(founder mutation:創始者変異)とされている [Lee et al 2003].
SDHB exon 1の全欠失はスペインの遺伝性パラガングリオーマの原因(founder mutation)とされている [Casco´n et al 2008].


鑑別診断

遺伝性の褐色細胞腫とパラガングリオーマの殆んどは,VHLRET・NF1・SDHD・ SDHB・SDHCの変異による.つまり,全ての褐色細胞腫とパラガングリオーマの患者では,常にPGL/PCC症候群を鑑別診断する必要がある.頭頚部パラガングリオーマで40%[Badenhop et al 2004],腹部パラガングリオーマと褐色細胞腫の患者の少なくとも10%[Amar et al 2005]で,SDHのサブユニットをコ−ドする4つの遺伝子中の病因とされる3つのいずれかに変異が見出される.


側弯症患者の写真
      • ドイツとポ-ランドのある地域での研究では,家族歴やVHL, RET, NF1の徴候がないのに約12%でSDHDもしくは SDHBの変異が認められた.SDHD, SDHBそれぞれの頻度は同じであった[Neumann et al 2004].
      • フランス人患者314名の腹部パラガングリオーマと褐色細胞腫患者の10%でSDHDもしくはSDHBの変異が認められた[Amar et al 2005].
      • オ-ストラリア人頭頚部パラガングリオーマ患者の34名の41%で(14/34)でSDHD(79%), SDHB(21%)が認められた.家族歴のある例では10/11例(91%)で変異が同定された[Badenhop et al 2004].

遺伝子診断に必要な高額なコストを考えた場合,SDHD・SDHB・SDHCの変異同定に先がけて,腫瘍の局在・ホルモンの分泌の有無・悪性か否か・多発性か・家族歴・以下に述べる4つの症候群 (neurofibromatosis type 1, von Hippel-Lindau disease, multiple endocrine neoplasia type 2, and Carney syndrome) に伴う徴候の有無などから,確率が高い原因遺伝子から優先順位をつけて行うべきである[Young 2006, Pacak et al 2007].例えば,悪性例ではSDHBをまず考えるべきである[Pacak et al 2007]

褐色細胞腫とカテコ-ルアミン産生性パラガングリオーマは以下の疾患でも起こりえる.

      • 神経線維腫症1型(NF1)は,NF1遺伝子の変異でおこり,常染色体優性遺伝の遺伝形式をとる.有病率は3000人から4000人に1人である.症状は神経線維腫,皮膚のカフェオレ斑,虹彩の過誤腫は虹彩小結節とみなされる.鼠径部や腋窩部の小レックリングハウゼン斑も見られる.消化管間質細胞腫瘍(GISTs) [Stewart DR et al 2007]やカルチノイド腫瘍[Stewart DR et al 2007]もNF1の患者で報告されている.
      • 褐色細胞腫の発症はNF1では稀であるが,高血圧を併発している場合はその頻度は高く20-50%とされる.殆んどの場合(84%)片側性である.腹部パラガングリオーマも発症しうるが殆んどが良性である.
      • NF1遺伝子は極めて長大で,かつ褐色細胞腫と関連するホットスポットもないため[Bausch et al 2007],同遺伝子変異同定はルーチンに行われない.実際,NF1は通常若年で臨床的に診断されており,他の褐色細胞腫やパラガングリオーマを発症する症候群とは容易に鑑別可能である[Jimenez et al 2006].

フォンヒッペル・リンドウ病(VHL)
常染色体優性遺伝の遺伝形式をとりVHLの変異で発症する.有病率はおよそ36000人に1人である.網膜の血管腫・中枢神経系の血管芽腫・腎細胞癌・膵ラ氏島腫瘍・内耳の内リンパ嚢腫瘍(ELST)・精巣上体嚢胞・腎嚢胞・膵嚢胞と褐色細胞腫から成る.褐色細胞腫のVHLにおける頻度は全体では10-20%であるが,亜型により異なる.褐色細胞腫発症の平均年齢はおよそ30歳であるが,10歳以下での発症もあり得る[Lonser et al 2003].  VHL type 1では褐色細胞腫の発症頻度は6%-9%である.type 2では40%-59%である.type 2C VHLでは褐色細胞腫が唯一の症状であり単発例を示す事もある.

約50%の褐色細胞腫は両側性である.VHLの褐色細胞腫はノルエピネフリンを優位に分泌する.約5%のVHLの褐色細胞腫(ほとんどは腹部のパラガングリオ-マ)は悪性化する[Maher 2004].VHLに伴う褐色細胞腫で腹部のパラガングリオ-マを呈する事は稀である[Jimenez et al 2006, Pacak et al 2007].

多くの場合はVHLはPGL/PCC症候群と臨床的に鑑別されうる.しかし遺伝子診断が必要である事もある[Jimenez et al 2006].シ−クエンス法と欠失検出法を併用すれば感度100%でVHLの変異を検出できる[Lonser et al 2003].

多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2) 多発性内分泌腺腫症は常染色体優性遺伝を示し,RET遺伝子の変異で発症する.MEN2の有病率は30000人に1人と見積もられる.亜型のMEN2A は甲状腺髄様癌,褐色細胞腫,副甲状腺機能亢進症により特徴つけられる.MEN2AはMEN2の80%を占める.MEN2Bは副甲状腺機能亢進症は合併しないが,多発性の粘膜神経腫腫,Marfan様体型,巨大結腸症,消化管の憩室とポリープがしばしばみられる.家族性甲状腺髄様癌(FMTC:familial medullary thyroid carcinoma) は,家族性に甲状腺髄様癌のみ発症するものである.

MEN2AとMEN2Bのおよそ50%が褐色細胞腫を発症する.25%の患者では,褐色細胞腫が最初の症状である.褐色細胞腫では50-80%の例が両側性であり殆んどが良性である.褐色細胞腫はエピネフリンを優位に分泌する.パラガングリオ-マは稀である[Erickson et al 2001, Jimenez et al 2006, Marini et al 2006, Pacak et al 2007].甲状腺髄様癌はMEN2の主要な症候である.MEN2を疑うきっかけはしばしば家族歴である.褐色細胞腫は単発例は少ない.遺伝子診断の有用性は臨床的に確立している.

カーニー複合(Carney complex)は本来は若い女性が罹患する非常に稀な疾患である.1977年に,副腎外交感神経性パラガングリオ-マ・胃平滑筋肉腫・肺軟骨腫から成る典型的なカーニーの3徴が記載された. 後になって,褐色細胞腫・副腎皮質腺腫・食道平滑筋腫もこの症候群に関連することが示された.カーニーは患者の78%は典型的な3つの徴候うち2つを有し,22%は3つの徴候すべてを有しているとした[Carney 1999].  この症候群は,パラガングリオ-マ・褐色細胞腫以外の腫瘍の存在によりPGL/PCC症候群とは鑑別可能である.

カーニー複合は遺伝する;しかしながら原因遺伝子は未だ同定されていない.Matyakhina et al (2007)は34名の女性,3人の男性カーニー3徴の患者でSDHB, SDHC, SDHD, KITPDGFRAに変異を認めないとした.一方,染色体1番の短腕(1p) と長腕(1q) の欠失とこの症候群が関連している可能性を報告した.

カーニーの2徴(Carney-Stratakis syndrome)はパラガングリオ-マと消化管間質細胞腫瘍(GISTs)から成っておりCarney & Stratakis 2002により記載された.Carney-Stratakis2徴はカーニー3徴とは区別される.Carney & Stratakis 2002は常染色体優性遺伝を示し不完全な浸透率を示すパラガングリオ-マと消化管間質細胞腫瘍(GISTs)を併せ持つ5家系について記載した.パラガングリオ-マは頭頚部・胸部・腹部に発生する.ホルモン産生・非産生例の両方が記載されている.遺伝的に関連のない6つの家系の6人で,SDHB変異が3人, SDHC変異が2人, SDHD変異が1人に同定された[McWhinney et al (2007) ].しかし,これらの遺伝子変異の意義に関してはいまだ明らかではない.

 


臨床的マネジメント

最初の診断時における評価

PGL/PCC症候群と診断された患者の程度を判定するために以下が勧められる.

      • MRI/CT, 123I-MIBG, とおそらく PETは腫瘍の局在とその程度の把握に有用
      • カテコ-ルアミンを過剰分泌を示唆する徴候,つまり高血圧・頻脈などを評価し,最終的な治療を始める前にコントロ-ルべきである.
      • 小児・思春期や若年成人における説明し難い消化管症状:腹痛・上部消化管出血・吐き気・嚥下困難・原因不明のイレウス・貧血などが認められる場合,消化管間質細胞腫瘍(GISTs)を考える[Pasini et al 2008].

病変に対する治療

PGL/PCC症候群のマネジメントは散発性腫瘍のそれとほぼ同じである[Young 2008].しかし,PGL/PCC症候群の方が散発性と比して,より多発性・多中心性を示し悪性化しやすい.

カテコ-ルアミン産生性腫瘍の治療の目的は,手術切除に先行してカテコ-ルアミン過剰産生を是正することである.悪性例の治療は,手術的な切除および転移の増大に伴い発生する有害な問題を軽減することにある[Eisenhofer et al 2004, Lenders et al 2005].

カテコ-ルアミン非産生性腫瘍の治療の目的は,病変の早期発見と適切な時期の切除であり,これらは手術の合併症や予後の改善に寄与するとされる[Rinaldo et al 2004, Gujrathi & Donald 2005].

      • 頸動脈小体パラガングリオーマと迷走神経パラガングリオーマ:手術的な切除が殆んどの症例での治療法となる.殆んどは良性で完全に切除できる.

注:老齢者もしくは合併疾患のある老齢者に対しては,手術は遅れがちになりやすく,画像による定期的なモニターがすすめられる.放射線治療もこれらの患者には使われる[Gujrathi & Donald 2005].

      • 頸静脈鼓室パラガングリオーマは小さい腫瘍なので通常困難なく摘出できる.大きい腫瘍の摘出では,CSFの漏出・髄膜炎・発作・難聴・脳神経麻痺が起こることもあり,更に死亡することもある.従って,慎重に症状を観察しながらの手術することが求められる.放射線治療も使われるが,腫瘍自体の悪性化や放射線による悪性化の危険性は勘案されるべきである.患者を選んで定位手術的放射線治療も施行される[Gujrathi & Donald 2005].

褐色細胞腫では,手術,特に内視鏡的な手術が選択される[Lenders et al 2005, Young 2008].

      • 術前処置:慢性および急性の副腎髄質腫瘍からのカテコ-ルアミン分泌過剰状態を術前に正常化させる必要がある[Lenders et al 2005, Young 2008].α- および β- アドレナリン受容体拮抗薬を用いて血圧をコントロ-ルして手術中のクリ-ゼを予防する.下記の方法によりメイヨクリニックではカテコ-ルアミン産生腫瘍の切除術後わずか7%でしか血行動態のマネイジメントが必要でなかった[Young 2006, Young 2008].
      • 血圧と体液量の是正のためα-アドレナリン受容体拮抗薬を少なくとも手術前7から10日前に開始する.
      • 食塩摂取は制限しない
      • 適切なα-アドレナリン受容体拮抗薬量が決まったら,その後でβ- アドレナリン受容体拮抗薬を開始する(例えば手術の3日前).
  • 術後 術後約1週間から2週間後に,24時間蓄尿中メタネフリン・ノルメタネフリンとカテコールアミンもしくは血中フリ−メタネフリン・ノルメタネフリンを測定するべきである.
      • もしホルモンレベルが正常であればホルモン産生性パラガングリオーマは完全に切除されている.
      • もしホルモンレベルが増加していれば,切除されてない他の腫瘍もしくは隠れた転移が疑われる.

 

SDHB変異をもつ患者
褐色細胞腫もしくはパラガングリオーマの場合,腫瘍を発見したら出来るだけ早く切除するべきである.転移しやすい点から考えると,腹部のパラガングリオーマでは迅速な切除が殊の外重要である.
             
二次病変の予防

経過観察を通じての早期発見と腫瘍切除を行うことが,腫瘍のマスによる合併症やカテコ-ルアミン過剰産生,悪性化を予防もしくは最小にすると考えられる.

経過観察


遺伝性PGL/PCC症候群に罹患している患者,同症候群の臨床症状はないがSDHB, SDHC, SDHDの変異の同定されている個人,家族歴から考えて発症のリスクがあるが遺伝子診断を施行してない血縁者,これらの人々に対して,遺伝性PGL/PCC症候群の治療に精通した内科医もしくは医療チ-ムによる定期的な診察が必要である.スクリ-ニングは10歳もしくは家系内の最も若年発症者の発症時から10年を引いた年から開始する.Benn et al (2006)は,10歳から生涯にわたるスクリ-ニングを開始すれば全てのSDHDの変異と96%のSDHB変異を同定できると見積っている.現時点では,いつから・どのように・どのような間隔で生化学的もしくは画像的な診断を行うかコンセンサスはないものの,生涯にわたる毎年の生化学的・臨床的な診察を施行することが重要である.これらの診察には画像診断も含まれるべきである[Mannelli 2006, Pacak et al 2007].

モニター法は以下の通りである.

  • 転移・再発もしくは他の腫瘍の発症を見つけるための,24時間蓄尿中のメタネフリン2分画(メタネフリン(M)・ノルメタネフリン(NM)),カテコールアミン,もしくは/加えて血中遊離型メタネフリン2分画(メタネフリン(M)・ノルメタネフリン(NM)).
  • CT・MRI・123I-MIBG・FDG-PETによるフォロ-アップにおいて,血中遊離型メタネフリン分画・もしくは/加えてカテコールアミンが上昇してくる場合と,原発腫瘍が小さいためかメタネフリン(M)・ノルメタネフリン(NM),カテコールアミンの過剰を認めない場合がある.両方の場合において,最も効率よく原発腫瘍を同定することに上記の画像診断は有用である.
  • SDHC, SDHDの変異の同定されている患者において,定期的なパラガングリオーマ同定のための頭頚部MRI・CT行う(例えば2年毎).さらに,頚部や頭蓋底以外のパラガングリオーマもしくは転移巣の同定目的で,全身MRI・CT・123I-MIBGを行う(例えば4年毎).
  • SDHB変異のある場合,定期的なパラガングリオーマ同定のための胸腹部,骨盤のMRI・CT行う(例えば2年毎), MRI・CTで同定出来なかったパラガングリオーマもしくは転移巣の同定目的で,123I-MIBGを行う(例えば4年毎).
  • 子供・思春期にある者・若年者で,原因不明の胃腸症状(例えば腹痛・上部消化管出血・吐き気・嘔吐・嚥下困難)もしくは原因不明の腸閉塞・貧血を診た場合,GISTsを考えるべきである [Pasini et al 2008].

回避すべき薬物や環境

遺伝性PGL/PCC症候群の浸透率は,高地に住んでいる人もしくは慢性的に低酸素に暴露している人では上昇する[Pacheco-Ojeda et al 1988, Astrom et al 2003]. 高地へ住むことと長期にわたり低酸素に暴露するような事は避けるべきである.

喫煙はCOPDを惹起するので,SDHB, SDHC, SDHDの変異の同定されている個人はタバコを避けるべきである.

リスクのある親族の検査

SDHB, SDHC, SDHDの変異の同定されている患者の第一度近親者においては,10歳までに,もしくは家系内の最も若年発症者の発症時から10年を引いた年になった時点で,遺伝子診断を含めて発症前診断を勧めるべきである.

分子生物学的な手法を用いて,発症の危険のある患者を早期に同定することは,診断の確実性を高めることが可能となる.従って,発症の危険のある家系の中で,変異を有していないメンバーまで含みこんでスクリーニングを行う場合に比較して必要な費用を削減できる.

腫瘍の早期の検出は手術による切除を容易にし,周術期の合併症を減らし,結果的に悪性化もしくは転移の可能性を低下させ得ると考えられる[Young et al 2002].

  • 親族に既に変異が同定されているにもかかわらず,変異が同定出来ない同一家系員の場合,定期的な臨床的・生化学的・画像診断は必要ない.
  • 親族に既に変異が同定され,さらに変異を認める同一家系員の場合,褐色細胞腫もしくはパラガングリオーマ発生の危険性が高いことを説明し,経過観察で述べた定期的な臨床的・生化学的・画像診断を受ける事を勧める.

発症の危険のある親族に対する遺伝カウンリングの問題は遺伝カウンリングの項を参照すること.

研究中の治療法

hypoxia-inducible factor (HIF)活性の制御もしくは抑制の1つの試みとして,prolyl hydroxylase activityの増強が研究されており,遺伝性PGL/PCC症候群の治療に有効かもしれない[Lee et al 2005, Selak et al 2005]:

  • 化合物R59949はprolyl hydroxylase activityを増強することで,培養細胞における低酸素と通常酸素の両方の状態においてHIF1αの蓄積を妨げた[Temes et al 2005].
  • HIF活性を抑制可能な薬は,mTOR 阻害剤・HSP90 阻害剤・ 脱アセチル化酵素(HDAC)阻害剤・thioredoxin-1 inhibitorsと微小管重合阻害剤などがある.

Vascular endothelial growth factor (VEGF) 受容体阻害剤 (e.g., SU11248 と BAY43-9006)は,遺伝性PGL/PCC症候群の治療に有効な可能性がある[Kaelin 2005]

その他

遺伝クリニックは,発端者や家族にとって自然経過・治療法・遺伝形式・親族における発症リスクなどの情報を提供する場となる.

支援グル-プが患者や家族に情報・支援・他の患者との交流を促すたに設立されている(訳注:米国では2007年にNIHが中心となりSDHB遺伝子変異を持つ患者と家族を支援する会が設立された).

 


遺伝カウンセリング

「遺伝カウンセリングは個人や家族に対して遺伝性疾患の本質,遺伝,健康上の影響などの情報を提供し,彼らが医療上あるいは個人的な決断を下すのを援助するプロセスである.以下の項目では遺伝的なリスク評価や家族の遺伝学的状況を明らかにするための家族歴の評価,遺伝子検査について論じる.この項は個々の当事者が直面しうる個人的あるいは文化的な問題に言及しようと意図するものではないし,遺伝専門家へのコンサルトの代用となるものでもない.」

遺伝形式

遺伝性PGL/PCC症候群は常染色体優性遺伝で遺伝する.SDHDの変異(PGL1)は決まった親からしか遺伝しない.つまり殆んどの例では,父親由来の変異が伝わる事で疾患が発症する[Baysal 2004].

患者家族のリスク

罹患の両親

  • 遺伝性PGL/PCC症候群と診断された人の多くは片方の親から変異が遺伝している.しかし,年齢に依存性の浸透率やSDHBSDHC・SDHD変異の多彩な表現型,SDHDの変異は父親由来で伝わる事などから,かなりの例がSDHB, SDHC, SDHDの変異を持っているにもかかわらず,一見散発性と見なされていると思われる.
  • 遺伝性PGL/PCC症候群の発端者は新しい変異が生じて発症した可能性がある.新生突然変異の占める率は不明である.ある研究で2/24 例でSDHD変異の新生突然変異が報告されている.25 例の SDHB変異では新生突然変異は同定できなかった[Neumann et al 2004].
  • 発端者の病因に対応する変異が親に同定できない場合,2つの可能性がある.親の性腺モザイクもしくは,発端者に新生突然変異が生じたかである.性腺モザイクは未だ報告されてないが,一見散発とされた例で可能性は否定できない.
  • 発端者に変異が同定された場合,一見新生突然変異に見える場合でも親に検査を勧めるべきである.もし1人の親が罹病していても,症状が軽微で医者が見逃している可能性があるからである.従って,適正な診断が行われるまでは,一見家族歴がなくても本当に遺伝性がないとは言い切れない.

注(1)遺伝性PGL/PCC症候群と診断された人の多くは片方の親が疾患を持っている.一方,血縁者の症状が見逃されている場合は,保因者の親が症状が出る前に死亡もしくは症状が出る時期が遅いなどで,それらの場合は家族歴がはっきりしない事もある.

(2)もし親が最初に遺伝子変異が起こった患者とすると,体細胞モザイク変異で発症し,それゆえ症状が非常に軽かった場合もありえる.しかし遺伝性PGL/PCC症候群でこのような症例の報告はない.

発端者の同胞

発端者の同胞に発症するか否かは,発端者の親の遺伝的な状況に依存する.

  • 発端者の親が発症しているか,もしくは病因となりえる変異を持っている場合,遺伝する率は50%である.
  • 発端者に同定済みの変異が親に同定できない場合,発症する可能性は低いが,親の性腺モザイクもあり得るため,一般人口よりもやや高い.

発端者の子 

遺伝性PGL/PCC症候群の子供は50%の確率で変異が遺伝する.SDHDの変異が母親由来の場合,普通は病気は発症しない(子供は50%の確率で変異を有するアレルを受け継ぐにもかかわらず).しかし,例外も報告されている: 11歳の母親由来のSDHDの変異を有する症例が頭頚部のパラガングリオーマを発症したPigny et al (2008).

SDHDの変異を父親から受け継いだ場合,パラガングリオーマ,確率は低いが褐色細胞腫が発症する確率が高い.

発端者の他の家族 

他の家族の発症リスクは,発端者の親の変異の有無と発端者との生物学的な関係による.もし,親が発症もしくはSDHをコードする3つの遺伝子のうちの1つの変異を有していた場合,発症のリスクのある人を家系図から解析し遺伝学的検査を行う.

遺伝カウンセリングに関連した問題

明らかに新生突然変異による家族 発端者の両親が遺伝子変異を有しておらず罹患もしていない場合は,発端者に新生突然変異が生じた可能性が高い.しかし,父親が異なる場合や生殖補助医療により生物学的母親が異なる場合,明らかにされていない養子縁組など,医学的要因以外の原因も考えられる.

家族計画 遺伝的リスクの評価や遺伝カウンセリングは妊娠前に行われるのが望ましい.罹患していたり,リスクがあったりする若いカップルに対しては,子へのリスクや生殖に関する選択肢の提示を含めた遺伝カウンセリングの機会を提供するのが適切である.

DNAバンキング DNAバンクは主に白血球から調製したDNAを将来の使用のために保存しておくものである.検査法や遺伝子,変異あるいは疾患に対するわれわれの理解が進歩するかもしれないので,DNAの保存は考慮に値する.ことに現在用いられている分子遺伝学的検査の感度が100%ではないような疾患では特に重要である.

出生前診断

出生前診断は分子遺伝学的検査の項で述べた方法を用いて,技術的には可能である.DNAは胎生16−18週に採取した羊水中細胞や10−12週*に採取した絨毛から調製する.出生前診断を行う以前に,罹患している家族において病因となる遺伝子変異が同定されている必要がある.

注:胎生週数は最終月経の開始日あるいは超音波検査による測定に基づいて計算される.


HPPSのように知的障害を伴わず,治療法も存在する疾患に対して出生前診断を求められることは通常ない.特に遺伝子検査が早期診断よりも中絶を目的として考慮される場合は,医療関係者と家族の間では出生前診断に対する見解の相違が生じるかもしれない.多くの医療機関では最終的には両親の意思を尊重するとしているが,この問題については注意深い検討が求められる.

訳注:一般にHPPSに対して出生前診断の適応があるとは考えられておらず,日本では行われていない.

 

原文 hereditary paraganglioma-pheochromocytoma syndrome



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